東海道五十三次、宿場町のひとつ原宿。その原にある庭園の物語。
沼津、原地区で長く愛される歴史ある庭園へ。帯笑園
シンボル
沼津「原」にある穏やかな庭園、帯笑園(たいしょうえん)
沼津といえば海風から街を守る「松の木」が海沿いに植樹されています。
帯笑園のシンボルツリーもこの大変立派な「松の木」
今回はこの松の木と、帯笑園の歴史に触れていきたいと思います。
沼津といえば海風から街を守る「松の木」が海沿いに植樹されています。
帯笑園のシンボルツリーもこの大変立派な「松の木」
今回はこの松の木と、帯笑園の歴史に触れていきたいと思います。
帯笑園の歴史
文化・文芸の場所へ
遡ること約400年前の16世紀末、植松家はこの原に居を構えて土地を開拓しながら植物を集め、のちに花長者と呼ばれました。
『「植松」を名乗るのであれば植物を愛しなさい』
そんな言い伝えから、美しい庭園を育て上げ、帯笑園を守り続けてきた植松さんのご先祖様。
植松叟花園記(植松翁の花園)は、様々な賞賛をいただいたそう。
その文も園庭に残っています。
帯笑園では庭園が造られた江戸時代から長い間、富士山の絶景を見ることができました。
江戸時代中期、原宿で生まれ育った「白隠さん」がこの地にお戻りになったころ、原宿の人々や帯笑園の植松家がいろいろお世話をしたという話が伝わっています。
戦争がないこの時代では人々が詩を楽しみ、絵を描き、植物を集める楽しみが広がりました。
特に1800年頃には、東西の絵師や学者たちとの交流が深まり、帯笑園に多くの書画を残しました。
東海道の13番目の宿場町であった原宿、ここにある帯笑園は大名から地域に住む人、さらには天皇陛下をはじめとした皇室からも長く愛された場所となりました。
『「植松」を名乗るのであれば植物を愛しなさい』
そんな言い伝えから、美しい庭園を育て上げ、帯笑園を守り続けてきた植松さんのご先祖様。
植松叟花園記(植松翁の花園)は、様々な賞賛をいただいたそう。
その文も園庭に残っています。
帯笑園では庭園が造られた江戸時代から長い間、富士山の絶景を見ることができました。
江戸時代中期、原宿で生まれ育った「白隠さん」がこの地にお戻りになったころ、原宿の人々や帯笑園の植松家がいろいろお世話をしたという話が伝わっています。
戦争がないこの時代では人々が詩を楽しみ、絵を描き、植物を集める楽しみが広がりました。
特に1800年頃には、東西の絵師や学者たちとの交流が深まり、帯笑園に多くの書画を残しました。
東海道の13番目の宿場町であった原宿、ここにある帯笑園は大名から地域に住む人、さらには天皇陛下をはじめとした皇室からも長く愛された場所となりました。
御用邸との繋がり
大正天皇が皇太子時代に静養地として築かれた「沼津御用邸」
この御用邸の本邸は明治33年(1900)に、そして西付属邸は海軍大将であり、昭和天皇の養育係も務められた川村純義伯爵の別荘地を買い取り、明治39年(1906)に建てられました。
滞在された天皇陛下や皇太子などの皇室の方々が、海と山、自然を楽しんだと伝えられている沼津御用邸。当時皇太子であった大正天皇は、御用邸で遊び疲れると、自転車で抜け出して、帯笑園を訪れ、この庭を見ながら身体を休ませていたそうです。
この御用邸の本邸は明治33年(1900)に、そして西付属邸は海軍大将であり、昭和天皇の養育係も務められた川村純義伯爵の別荘地を買い取り、明治39年(1906)に建てられました。
滞在された天皇陛下や皇太子などの皇室の方々が、海と山、自然を楽しんだと伝えられている沼津御用邸。当時皇太子であった大正天皇は、御用邸で遊び疲れると、自転車で抜け出して、帯笑園を訪れ、この庭を見ながら身体を休ませていたそうです。
シンボルツリー
帯笑園の松の木
帯笑園の松の木は「大王松(だいおうしょう)」というフランスから来た松の木。
日本の松の葉は二俣に、大王松は三俣にわかれるという特徴を持ち、世界一長い松の葉をもちます。
大正天皇が苗木を育て、「植松さんならきっと大切に育てるでしょう」と植松家に下賜されたものでした。
植松家で大切に育てあげ100本ほどの木が育てられましたが、根の張りが浅く大きく育つのでとても倒れやすいこの大王松。
当時育てた100本の兄弟たち、今生きているのは2〜3本ではないかとのこと。
日本の松の葉は二俣に、大王松は三俣にわかれるという特徴を持ち、世界一長い松の葉をもちます。
大正天皇が苗木を育て、「植松さんならきっと大切に育てるでしょう」と植松家に下賜されたものでした。
植松家で大切に育てあげ100本ほどの木が育てられましたが、根の張りが浅く大きく育つのでとても倒れやすいこの大王松。
当時育てた100本の兄弟たち、今生きているのは2〜3本ではないかとのこと。
花たち 春の花
庭に咲き誇る春の花をご紹介
宝箱
花と文芸
花と木に囲まれた帯笑園では、訪れた人々が「絵」を楽しみました。
有名な画家たちが集まり、この庭で長く過ごしたようです。
現当主の植松さんから宝箱を見せてもらいました。
230〜350年前に使われていた「粉本(ふんぽん)」
模写をしながら、絵を勉強したり、また下絵として使われていたりしたと言われています。
粉本に書かれている「虎の絵」
どことなく「猫」に似ている気がしませんか?
まだ虎の実物を見たことのない当時の画家が、中国の絵や想像で虎の絵を描いたそうです。猫を参考にしたのでしょうかね。
帯笑園内にある石碑に刻まれている虎の絵を描いた画家は、未知なる世界を知ろうと実際に虎を見に足を運び、本物の虎を見て描いたそうです。
200年以上前に書かれている絵の色のあせないこと。
紙の破けもない、和紙。つなぎ目は朽ちることないお米を使ったノリ。そして今や貴重な顔料。
有名な画家たちが集まり、この庭で長く過ごしたようです。
現当主の植松さんから宝箱を見せてもらいました。
230〜350年前に使われていた「粉本(ふんぽん)」
模写をしながら、絵を勉強したり、また下絵として使われていたりしたと言われています。
粉本に書かれている「虎の絵」
どことなく「猫」に似ている気がしませんか?
まだ虎の実物を見たことのない当時の画家が、中国の絵や想像で虎の絵を描いたそうです。猫を参考にしたのでしょうかね。
帯笑園内にある石碑に刻まれている虎の絵を描いた画家は、未知なる世界を知ろうと実際に虎を見に足を運び、本物の虎を見て描いたそうです。
200年以上前に書かれている絵の色のあせないこと。
紙の破けもない、和紙。つなぎ目は朽ちることないお米を使ったノリ。そして今や貴重な顔料。
顔料
石でできた色
宝箱の中には絵を描くのに必要な、美しく使い込まれた道具たち。
顔料が今も美しく色を放ちます。
貴重な顔料の元。
石をすり、ニカワで溶かし色をつけていきます。
なかなか見ることのできない貴重な道具たち、愛された様子をみさせていただきました。
顔料が今も美しく色を放ちます。
貴重な顔料の元。
石をすり、ニカワで溶かし色をつけていきます。
なかなか見ることのできない貴重な道具たち、愛された様子をみさせていただきました。
植物を愛し続けて
地域の憩いの場所に
歴史を重ね、今も愛されるこの場所は今でも植物たちを育て続けます。
植松さんの「あの花も可愛くて、この花も可愛くて」
そんな話を聞きながら園庭を歩き、時に縁側に座り眺めます。
そこに流れる時間はとても穏やか。
この時間をこの街の人たちは大切にと思うのです。
これから盛りの、椿・牡丹・芍薬・睡蓮・蓮の花・ミツガシワ・藤の花。
帯笑園でのイベントの情報は、沼津市の広報ぬまづやSNSに掲載されるそうです。
こまめにチェックしてみてください!
植松さんの「あの花も可愛くて、この花も可愛くて」
そんな話を聞きながら園庭を歩き、時に縁側に座り眺めます。
そこに流れる時間はとても穏やか。
この時間をこの街の人たちは大切にと思うのです。
これから盛りの、椿・牡丹・芍薬・睡蓮・蓮の花・ミツガシワ・藤の花。
帯笑園でのイベントの情報は、沼津市の広報ぬまづやSNSに掲載されるそうです。
こまめにチェックしてみてください!
もう一度
園庭
歴史を学び、話を聞くとまた園庭が違う景色に見えてきます。
もう一度長く積み重ねてきた時間を眺めて。
「日本人の園芸を慈しむ心、心意気を再認識できたら」
と、植松さんはおっしゃいます。
この帯笑園は国の「登録記念物」に登録されています。それは地域の人たちの「美しく残したい」という想いからなのです。
思いは形になり、心に残っていきます。
そのひとつとしての文芸も。私たちの現在に色濃く残るのです。
季節の移り変わりを楽しめていますか?季節が移る瞬間を目で見ていますか?
花はそれを簡単に知らせてくれます。
「さぁ季節が移り変わりますよ。準備はいいですか?」
もう一度長く積み重ねてきた時間を眺めて。
「日本人の園芸を慈しむ心、心意気を再認識できたら」
と、植松さんはおっしゃいます。
この帯笑園は国の「登録記念物」に登録されています。それは地域の人たちの「美しく残したい」という想いからなのです。
思いは形になり、心に残っていきます。
そのひとつとしての文芸も。私たちの現在に色濃く残るのです。
季節の移り変わりを楽しめていますか?季節が移る瞬間を目で見ていますか?
花はそれを簡単に知らせてくれます。
「さぁ季節が移り変わりますよ。準備はいいですか?」
地図
column
この記事を書いた市民ライター
浅沼はるか
沼津市在中 日々の写真を撮っています。
現御当主の植松さん!
お散歩しながらのご案内ありがとうございました。
花の話に、絵の話。話始めるといくら時間があっても足りない!
と、楽しい時間をありがとうございました。
蓮の花が咲く頃にまた伺います。